福岡第625回 商人が造った博多の町/西日本政懇・3月例会 歴史学者本郷和人氏
西日本政経懇話会の3月例会が26日、福岡市のホテル日航福岡であり、東京大史料編纂所の本郷和人教授(日本中世史)が「黒田氏と博多・福岡~関ケ原における黒田氏の活躍」と題して講演した=写真。要旨は次の通り。
博多は朝廷の出先機関・大宰府の外港であり、古代から商業の拠点として繁栄してきた。県庁所在地の多くは朝廷の影響、あるいは武士が主導して造られた町だが、博多は民間、商人が主導。正式な国交がなくとも日宋貿易が活発化し、列島に貨幣経済が根付く契機となった。
日明貿易で博多商人が結びついた山口の大内氏は下克上で滅び、豊後の大友氏が博多を掌握した。その後、小早川氏が筑前国を治めたが、豊臣秀吉の不評を買い、左遷されてしまった。
秀吉の死後、徳川家康の存在感が増していく。武器は「信用」。豊臣政権の中で冷遇されていた家に恩を売り、その中に小早川秀秋がいた。関ケ原の戦いで豊臣氏の西軍を「裏切った」と言われるが、家康に味方するのは自然だった。
さらに黒田官兵衛と長政の働きで毛利軍を抑えた。家康は高く評価し、筑前国52万石と商業都市博多という大きな褒美を黒田氏に与えた。 (大矢和世)
2026年(令和8年)03月28日(土)





