西日本政経懇話会

北九州第615回 「小倉は大事な九州の玄関口」 政懇3月例会 東京大史料編纂所の本郷教授

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 西日本政経懇話会の3月例会が27日、小倉北区のJR九州ステーションホテル小倉であり、東京大史料編纂所教授で歴史学者の本郷和人氏が「小笠原入封の内幕~細川と小笠原について」と題して講演した=写真。要旨は次の通り。
 初代小倉藩主の細川忠興は元々、丹後を拠点としていた。関ケ原の戦いで功績を挙げた黒田長政が中津から福岡に栄転したことで、丹後から中津に入った。
 ところが、忠興は九州の玄関口であり関門海峡を望める小倉の方が拠点にふさわしいと判断。中津から小倉に移り、40万石ほどの城下町として整備した。その後、2代目の忠利は小倉から熊本に移ったため、徳川幕府から白羽の矢が立ったのが、小笠原家だった。
 小笠原家は信濃の有力な武士だった。徳川家が覇権を確立するきっかけとなった大阪の陣で命を投げ出して戦い、徳川家から優遇されるようになった。
 小笠原家の初代小倉藩主には、譜代大名の忠真が就いた。徳川幕府は、小倉は大事な九州の玄関口だから、外様大名ではなく譜代大名を置こうと判断したようだ。やはり小倉は九州全体を統括する大切な土地だった。 (梅本邦明)

2026年(令和8年)03月29日(日)

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