北九州第544回「1人当たりのGDP成長を」/_「デフレにとらわれないで」/日銀前総裁、白川方明氏が講演
私は今の北九州市で生まれ、小倉高校を卒業するまで小倉の地で暮らした。自分が正しいと思うことを愚直に押し通すところがあり、九州男児の気風を受け継いでいると自覚している。
39年間に渡って日銀に勤務し、最後の5年間は総裁を務めた。本当に激動の5年間だったと思う。世界的な金融危機が広がり、欧州の債務危機も起こった。それから東日本大震災が発生、政情が不安定化し、自民党と民主党との間で政権交代が2度起こった。5年間で6人が総理大臣になり、財務大臣を勤めたのは10人に上った。
この時期、日銀は大変な批判を受けた。私は総裁として正しいと思うことをやろうとしていたが、賛同しない人も多くいた。日銀が果たすべき役割についての認識が異なっていたのだ。
中央銀行の基本的な役割として、通貨の安定がある。経済活動を脅かすことのないようにインフレを防止することだ。金融システムの安定が重要。民間が最大限の活力を発揮できるようなインフラを構築することこそが中央銀行の役割だ。経済を好転させるような力があるわけではない。
金融緩和政策の本質は、将来の需要の前借りであると言えるだろう。住宅の購入で言えば、金利が低いうちにローンを組んでおこうとする人が増えただけだ。日本はもう20年間この政策を続けている。
2000年以降の日本のGDP成長率は先進国の中で最も低く、デフレが原因のように言われ続けた。だが、生産年齢人口だけに絞ると、1人当たりのGDPは最大の伸び率となる。生産年齢人口減少の影響こそ大きい。物価を上げたからといって何とかなるのか。デフレにとらわれてばかりいると、日本全体のアジェンダ(検討課題)を正しく設定できなくなる。
問題はGDP成長率そのものではなく、1人当たりのGDPをある程度の幅で成長させていくことだ。ただ、働くことができない高齢者の比率はこれからも上がっていく。この中で、年金も含めて持続可能な社会の仕組みをいかに作っていくか。難しい作業だが、これこそが日本の本当の課題だと考えている。
2019年06月14日