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農業・漁業
いさり火漁見学001
試験運航に乗船し、網を引き揚げる漁師たちを間近で見ることができた=2014(平成26)年6月16日いさり火漁見学002
引き揚げられた網には、ウルメイワシ、アジなどの魚がぎっしり=2014(平成26)年6月16日いじめタコ漁
いじめタコ漁=宮崎県串間市かつお節 天日干し
カビ付け後に天日干しされるかつお節かつお節づくり001
ずらりと並べて干されたかつお節=鹿児島県山川町、1959(昭和34)年11月13日かつお節づくり002
煮熟を終えてカツオの骨を抜く。家族が黙々と作業するくもで網001
クリークで始まった蜘蛛手(くもで)網漁=山門郡大和町くもで網002
掘割に突き出した伝統の「くもで網」(蜘蛛手網)=柳川市の「白秋道路」くもで網003
沖の端の蜘蛛手網(くもで網)=柳川市ごち網漁船
壱岐水道で網を引く唐津市唐房のごち網漁船=1965(昭和40)年9月24日たて網漁
海潮流と干潟を利用したたて網=豊前海ちりめんじゃこ
チリメンジャコ(川内市の名物)。ゆがいた魚はすぐ竹ダナに運ばれる(バックは加工場)=昭和45年11月16日とまピン(八代市)
ゆるキャラ・とまピン(熊本県八代市)はまぐり碁石001
はまぐり碁石。日向市の特産、伝統の手ずりも残っている=1981(昭和56)年11月24日はまぐり碁石002
碁石づくりの材料となるハマグリ=1981(昭和56)年12月、日向市まき網漁
海中に向けて強力な光を放ち、魚群をおびき寄せるまき網漁の灯船(ひぶね)=大分県・鶴見町沖の豊後水道まき網漁 済州島近海
済州島近海で操業する日本マキ網漁船団アイスプラント研究開発
研究開発が続く「アイスプラント」。葉や茎の周りに白く見える細かな突起には塩分が含まれているアオサ漁
潮が引いた海岸でアオサ取り=対馬の海岸、1984(昭和59)年2月23日アカガイの水揚げ
水揚げされる薩摩アカガイと海岸の漁船群=1963(昭和38)年2月頃アカガイの煮干し
ずらりと干された赤貝の煮干し=鹿児島県指宿、1961(昭和36)年3月17日アゲマキ大量死
原因不明の大量死で絶滅の危機にひんしている有明海のアゲマキ=1994(平成6)年11月18日、佐賀県川副町アゲマキ貝 有明海
韓国産アゲマキ貝を放流する七浦漁協の人たち=1994(平成6)年4月26日、佐賀県鹿島市アゴ 焼きアゴづくり
最盛期を迎えた焼きアゴ(トビウオ)作りに忙しい平戸市の水産加工場=2009(平成21)年9月アゴの天日干し
波止場で潮風にさらされるアゴ(トビウオ)。奥は生月大橋=長崎県平戸市生月町の舘浦漁港アゴ漁
大声をあげながら棒で海面をたたく驚いたアゴ(トビウオ)は張った網の中へと追い込まれる=平戸瀬戸アゴ漁 平戸
渦潮がまく平戸瀬戸でのアゴ漁=昭和42年10月23日アサリ 赤潮で大量死
大量死したアサリ貝が無数に散らばった小長井町の海岸=2007(平成19)年8月頃アサリの潮干狩り
昔-袋いっぱい、今-手の平いっぱい。アサリ貝の減少で潮干狩りもさみしくなった=糸島郡の沿岸アサリ貝 和白海岸に放流
アサリ貝を和白海岸に入れる和白海水浴の組合員たち=昭和37年4月22日アサリ赤潮被害
諫早湾に面した海岸で大量に死滅している養殖アサリ=平成20年8月15日午後、長崎県諫早市小長井町アジ、サバ漁
漁網も破れそうなアジ、サバ漁=1963(昭和38)年7月6日アジ漁
済州島と五島の中間・李ラインすれすれの海域でのアジ漁。網いっぱいのアジは横づけした運搬船にすくいあげられるアジ漁 五島
五島列島のアジ漁=昭和43年11月30日、長崎県アマゴ放流
大野川に放流されたアマゴの稚魚=2010(平成22)年4月11日アユ たて網漁
日南名物のアユのたて網漁=宮崎県アユ ウ飼いの特訓
水中の魚を見つけ、ミサイルのように突進するウミウ=大分県日田市日田淡水魚センター、昭和55年8月11日アユ 三隈川のウ飼い001
三隈川で行われるウ飼い=1954(昭和29)年5月25日、大分県日田市アユ 三隈川のウ飼い002
鵜をウかごに入れて移動するウ匠たち=日田市三隈大橋、1962(昭和37)年2月26日アユ 三隈川のウ飼い003
ウ飼いのトレーニング=1970(昭和45)年3月13日、福岡県甘木市アユ 三隈川の落ちアユ
三隈川の落ちアユやな=1955(昭和30)年10月、大分県日田市アユ 原鶴温泉のウ飼い
獲物のアユを狙い、水しぶきを上げながら川に潜るウ=2013(平成25)年5月20日午後7時半、福岡県朝倉市アユ 四つ手網漁
稚アユの四つ手網漁=1974(昭和49)年4月2日、福岡県・筑後川アユ 張り切り網001
張り切り網でアユを捕る漁民=昭和48年10月2日、山口県阿武郡川上村アユ 張り切り網002
張り切り網でアユを捕る漁業者=1973(昭和48)年10月2日、山口県阿武郡川上村アユの網引き
平戸の瀬戸でアユ網引き=長崎県北松浦郡アユやな 三隈川のヤナ001
三隈川名物の鮎やなは昭和28年の大水害で流され、再び見ることはないアユやな 三隈川のヤナ002
昭和初め頃の日田三隈川の鮎やな。日本一の鮎が獲れたアユやな 五ケ瀬川001
五ケ瀬川の落ち鮎簗(やな)=昭和30年10月、宮崎県延岡市アユやな 五ケ瀬川002
五ケ瀬川のアユやな=平成5年10月10日、宮崎県延岡市アユやな 球磨川
球磨川二股瀬のアユやな=熊本県球磨郡一勝地村二股瀬(現・球磨村一勝地)アユやなオープン 延岡
大瀬川に架かる鮎やな。見学用の通路があり、中央の落簀の様子を間近で見られるアユやな苦境
大瀬川に再架設された「延岡水郷やな」。流失前と比べて約半分の規模になった=宮崎県延岡市アユやな解禁
アユやな解禁 秋の陽をいっぱいあびてヤナに群舞の落ちアユ=延岡市五ケ瀬川、1967(昭和42)年10月12日アユ投網漁
玉島川のアユ解禁で投網漁をする人たち=平成3年6月15日、佐賀県浜玉町アユ漁解禁 玉島川で投網
アユ漁が解禁となった玉島川で投網を打つ釣り人ら=平成6年6月15日、佐賀県浜玉町イカナゴ干し
最盛期を迎えたイカナゴ干し=玄海町(現宗像市)鐘崎、1969(昭和44)年3月26日イカナゴ禁漁
イカナゴを箱に分ける魚市場の人たち。恒例の風景も、禁漁となった今年は見られない=福岡市西区の姪浜魚市場イカ釣り船のいさり火 対馬
対馬市美津島町の東の海を覆うイカ釣り船のいさり火イサキ漁001
長崎県対馬豆酘(つつ)のイサキ漁=1951(昭和26)年6月28日イサキ漁002
長崎県対馬豆酘(つつ)のイサキ漁=1951(昭和26)年6月28日イセエビ 種子島
岩陰にじっと身を潜めるイセエビ(伊勢エビ)。5匹が寄り添っていた=種子島の海イセエビの初水揚げ
鹿児島県名瀬市イセエビ(伊勢エビ)の初水揚げイダ漁001
イダ漁=平成2年3月27日、伊万里市の松浦川イダ漁002
イダ漁=平成2年3月27日、伊万里市の松浦川イチゴ
大村園芸高校石垣イチゴ栽培イチゴ あまおう収穫
ハウスで収穫された大粒のイチゴイチゴ あまおう1箱8000円
1箱8000円の高値がついた「あまおう」に買い物客も足を止める=福岡市・天神の福岡三越、平成15年1月8日イチゴのハウス栽培
苺のハウス栽培の準備に忙しい農家の人たち=宮崎市青島イチゴの促成栽培
イチゴの促成栽培法を勉強する農家の人たち=昭和47年1月18日、萩市イチゴ収穫ピーク
宮若市の「須河内いちご園」で収穫がピークを迎えたあまおう=2013(平成25)年12月12日イチゴ栽培棟
従来の1.5倍の株が植えられる可動式栽培台や根元の温度だけを局部的に制御する装置が導入されているイチゴ栽培棟イチジク「とよみつひめ」001
これから出荷のピークを迎える福岡県育成品種のイチジク「とよみつひめ」=2010(平成22)年8月24日イチジク「とよみつひめ」002
とよみつひめイネ 久木野の棚田
水稲の収穫が間近を迎えている水俣市久木野寒川地区の棚田。あぜ道にはヒガンバナも咲くイネ 古代米の赤いじゅうたん
鞠智城を背景に深紅の稲穂が広がる=2007(平成19)年9月4日イネ 早場米稲刈り
厳しい暑さの中、早場米の稲を刈る農家=嘉麻市嘉穂才田の枝国地区イネ 春日地区の棚田
海岸線から150メートルを超える山腹まで棚田が続く春日集落イネ 毎床の棚田
標高200~250メートルに位置する「毎床の棚田」。緩やかな斜面に棚田が整然と広がっているイネ 稲刈り
佐賀平野の脱穀風景=1979(昭和54)年3月5日イネ 稲刈りとかかし
日米講和の旗を持ったかかしと稲刈り=1951(昭和26)年8月9日イネ 空飛ぶ田植え
空飛ぶ田植えの異名で登場したペーパーポット苗まき栽培=福岡市早良区東入部、1974(昭和49)年5月28日イネ 苗代のもみまき
農作業始まる。米作りはまず苗代のモミまきから=直方市郊外、1965(昭和40)年5月22日イネ 農作業・田すき
馬を使っての田すき=佐賀県内、大正末イネ 阿蘇の陸稲
いちばん収益の高い陸稲=熊本県阿蘇郡イネ 陸稲の収穫
一家で陸稲の収穫作業=1975(昭和50)年11月9日、大分県直入郡荻町イネ 鞠智城古代米見ごろ
秋風に吹かれ、燃えるように揺らめく赤い穂先。田んぼの向こうに八角鼓楼(上)がそびえるイリコ干し 佐世保
佐世保市東浜町イリコ干し 唐泊
唐泊のイリコ干し=昭和43年1月23日、福岡市イリコ干し 壱岐
壱岐のイリコ干し=昭和28年6月23日、長崎県イリコ干し 鐘崎
宗像郡玄海町鐘崎のイリコ干しイリコ干し001
天草の「にぼし」生産=1947(昭和22)年8月31日イリコ干し002
陽光を浴びて急ピッチの正月用イリコ干し=福岡市西区唐泊、1979(昭和54)年12月18日イルカ 五島で捕獲
有川湾で捕獲したイルカ=長崎県五島、1953(昭和28)年8月7日イルカの生け捕り 肥前町
仮屋湾に押し寄せたイルカの大群を捕獲する漁民たち=昭和36年12月20日、佐賀県東松浦郡肥前町の寺浦海岸イルカ漁 壱岐
海岸に追い込まれ捕獲されるイルカの大群=昭和54年3月13日、長崎県・壱岐辰ノ島イルカ漁001
海岸に追い込まれ捕獲されるイルカの大群=1979(昭和54)年3月13日、長崎県・壱岐辰ノ島イルカ漁002
海岸に追い込まれるイルカの群れ=1979(昭和54)年3月13日、長崎県・壱岐辰ノ島(本社機から)イワシ 大敷網の網上げ
朝まじめ(未明)の大敷網の網上げ=1977(昭和52)年5月、萩市越ケ浜イワシの「洪水」
大羽イワシの「洪水」に埋まる牛深港の岸壁=1979(昭和54)年2月1日イワシのトロ箱 三見漁港
イワシのトロ箱で埋まった三見漁港=昭和52年2月28日、萩市イワシ干し 唐津
カタクチイワシ漁で水揚げされた鰯は港の近くの広場で天日干し=唐津市湊イワシ漁 二丈町
福吉のイワシ漁=昭和45年1月12日、福岡県二丈町イワシ漁 大敷網
志賀島東北の瀬に仕掛けた大敷網のイワシ漁=1980(昭和55)年、福岡市東区イワシ漁 志賀島
福岡市東区志賀島の定置網イワシ漁001
カタクチイワシの水揚げ=牛深港、1970(昭和45)年10月20日イワシ漁002
銀色に光る博多湾のカタクチイワシ漁=2000(平成12)年11月22日、福岡市イ草苗植え
八代市千丁町太牟田でイ草の苗を等間隔に手植えする農家=2011(平成23)年12月6日イ草001
イ草干し風景=川内市の川内川べりイ草002
八代のい草=1969(昭和44)年7月9日、熊本県ウツボ干し
珍味のウツボ干し=宮崎県東臼杵郡門川町門川漁港、1971(昭和46)年11月13日ウナギの放流
ウナギを筑後川に放流する漁師ウナギ塚漁001
志佐川の秋の風物詩となっている伝統漁法「ウナギ塚漁」=2010(平成22)年10月頃ウナギ塚漁002
ウナギ塚漁に欠かせない「箱メガネ」と「ウナギばさみ」ウナギ漁
水郷柳川で始まったウナギ漁=柳川市、1968(昭和43)年5月29日ウナギ漁 諫早湾
首までつかりながら手探り、足探りでウナギを探し当てる=昭和56年7月頃ウニ 海藻やサンゴで身を隠す
海藻や白いサンゴの“抜け殻”で身を隠すウニ。漁協は禁漁期間を設けているウニ漁解禁001
玄界島に活気を呼ぶ夏季ウニ漁解禁=1997(平成9)年7月4日、福岡市西区ウニ漁解禁002
収穫したムラサキウニは卵巣を取り出すため、直ちに殻割りされる=2014(平成26)年5月26日ウニ漁001
箱メガネを使ってウニを探す女性=美津島町赤島、2003(平成15)年4月頃ウニ漁002
てぼを腰に付けウニを取る住民たち.対馬市上県町佐護の「ウニ漁」=2004(平成16)年3月頃ウ飼い 原鶴温泉
屋形船の見物客の前で、筑後川に潜ってアユを捕らえるウ=平成27年5月20日午後7時すぎ、福岡県朝倉市ウ飼い 筑後川
筑後川のう飼いエツ「大川エツ観光川開き」の神事
エツ豊漁を祈願し行われた「大川エツ観光川開き」の神事=平成20年5月1日午前10時40分すぎ、福岡県大川市エツ漁
筑後川のエツ漁=1970(昭和45)年6月3日、福岡県城島町エツ漁 筑後川
流し網でエツを捕る筑後川の漁船=大川市エツ漁解禁
筑後川昇開橋の近く。エツが刺し網漁で引き揚げられていた=2014(平成26)年5月1日カキ打ち 福江
ピークを迎えた冬の味覚のカキ打ち=平成12年1月21日、長崎県福江市カキ漁 行橋
行橋市蓑島沖で最盛期を迎えた養殖カキの水揚げカキ礁養殖実験
鹿島市沖の有明海のカキ礁では、ホタテ貝を使った養殖実験(奥)が行われているカツオの一本釣り
カツオの一本釣り=1955(昭和30)年頃、鹿児島県カツオの塩辛
カツオの塩辛つくりに大わらわの山川加工所=鹿児島県山川町、1960(昭和35)年11月19日カツオの水揚げ
枕崎港。カツオの水揚げ=1951(昭和26)年9月頃、鹿児島県枕崎市カツオの水揚げ 山川
にぎわうカツオの水揚げ=山川港カツオの水揚げ 枕崎
枕崎市(枕崎港)カツオの水揚げカツオの水揚げをご覧になる昭和天皇
宮崎県・門川港でカツオの水揚げをご覧になる昭和天皇=1949(昭和24)年6月7日カツオの焙乾
まきをたいてカツオをいぶす焙乾(ばいかん)=2015(平成27)年5月カツオ漁
枕崎港から漁場に向かうカツオ船団=昭和47年1月19日カツオ釣り 枕崎
枕崎のカツオの一本釣り=昭和27年8月18日カニうけ漁001
川ガニうけ漁=八代郡氷川カニうけ漁002
カニうけ漁仕掛け=八代郡北部地区氷川カニ大量発生 有明海
甲羅の大きさを比べながら竹崎カニをより分ける漁業者=平成20年9月10日午前11時50分頃、佐賀県太良町カニ漁 竹崎
竹崎のカニ漁=藤津郡太良町大浦カボス 黄カボスまつり
完熟してたわわに実った黄カボス=2009(平成21)年11月14日カボス団地
竹田市飛田川のカボス団地で実るカボス。これもご当地酒の材料になる=2008(平成20)年8月20日カレイ刺し網漁
カレイ刺し網漁=福岡市中央区伊崎沖、1984(昭和59)年2月頃カレイ干し
ツンコガレイ干し=1973(昭和48)年2月6日、萩市大井浦ガザミ最盛期
旬を迎えたガザミ(ワタリガニ)のカゴ漁。例年と比べ小ぶりだが、味は濃厚という=2009(平成21)年12月キヌ貝の生身取り
キヌ貝の生身とり=中津、1958(昭和33)年3月5日キヌ貝干し
冬のキヌ貝干し=豊前キヌ貝漁
生の松原沖のキヌ貝漁=昭和53年12月19日、福岡市西区キャベツ 飯田高原
飯田高原の代名詞となった高原キャベツキャベツの収穫
雨が降る中、諫早湾干拓地でキャベツを収穫する人たち=2011(平成23)年6月10日午前、長崎県諫早市キャベツの取り入れ
大豊作のカンラン(キャベツ)の取り入れに忙しい農家=福岡県久留米市小森野で、昭和40年12月2日キャベツ出荷 彦島
下関市彦島から出荷される彦島キャベツキャベツ自主廃棄
出荷調整のため、重機で踏みつぶされていくキャベツ=2006(平成18)年12月10日キャベツ(佐賀)
立派にできたカンラン(キャベツ)=佐賀県神崎キュウリ 一貴山
福岡県糸島郡二丈町で一貴山キュウリの出荷始まるキュウリ 戦中生活
ぞくぞくと積み込まれる宮崎産のキウリ(きゅうり)=日豊本線花ノ島駅キュウリ「エコきゅうり」
「これはやめられない」と“さが”エコきゅうりを味わう古川康知事キュウリ栽培
順調なキュウリ栽培=鹿児島県曽於、1961(昭和36)年1月16日キュウリ(宮崎)
促成キュウリ栽培の出荷=昭和37年2月15日、宮崎県東諸県郡本庄町キュウリ(昭和30年代)
一本、4円、5円のキュウリが並ぶ昭和30年代の野菜屋さんの店頭=小倉キンカン「たまたまエクセレント」
完熟キンカン「たまたまエクセレント」=2014(平成26)年1月16日キンカンちぎり
始まった山川町のキンカンちぎり=1955(昭和30)年3月19日キンカンはさみ入れ
鈴なりになったキンカンを収穫キンカン植栽
肥薩おれんじ鉄道の草道駅でキンカンを植樹する関係者=2012(平成24)年11月14日クジラ 上五島の有川港
上五島の有川の港。今もわずかに昔日の捕鯨基地の面影が残る。クジラ 古式捕鯨復活
2010年の「通くじら祭り」で披露された古式捕鯨の実演クジラ 小川島の捕鯨基地
捕鯨船の砲やモリの手入れをする漁師たち=佐賀県呼子町小川島の捕鯨基地クジラ 小川島の鯨鯢供養塔
クジラを祭る「鯨鯢(げいげい)」供養塔」。花が供えられていたクジラ 小川島001
クジラを探すのに使っていた見張り小屋。周囲が一望できるクジラ 小川島002
小川島の丘から望む。眼下に定期船が発着する漁港、その向こうに玄界灘が広がるクジラ 川尻浦
川尻浦(大津郡向津久村)。川尻捕鯨の再建に成功した川尻浦の繁栄がしのばれる明治末期の白壁の風景クジラ 引き上げられたゴンドウクジラ001
浜辺に引き上げられたゴンドウクジラ=福岡県糸島郡北崎村クジラ 引き上げられたゴンドウクジラ002
50年ぶりに糸島郡北崎村の海岸に打ち上げられたゴンドウクジラクジラ 捕獲調査の採集船
ミンククジラ捕獲調査で南氷洋に向かう採集船=下関市彦島木村港クジラ 捕鯨に出発する日新丸壮行会
南氷洋に向けて捕鯨に出発する日新丸の壮行会クジラ 捕鯨キャッチャーボート
昭和33年当時、日本最大のキャッチャーボートだった「第16利丸」クジラ 捕鯨出港式
1998・99年度南氷洋鯨類捕獲調査船団出港式=下関市関門港クジラ 捕鯨母船「図南丸」
神戸港に帰ってきた昭和33年頃の捕鯨母船「図南丸」クジラ 捕鯨網元「藤松家」
古民家再生事業の対象になっている小値賀町の捕鯨網元の住居「藤松家」クジラ 捕鯨船・第一長周丸
わが国最初の建造になる捕鯨船「第一長周丸」クジラ 調査捕鯨から帰港した第25利丸
調査捕鯨から下関港に帰港した「第25利丸」クジラ 調査捕鯨の母船・日新丸
調査捕鯨のため下関港を出港する調査船団の母船・日新丸=平成10年11月6日、山口県下関市(本社ヘリから)クジラ 調査捕鯨船団
かつての捕鯨基地下関市に集結した調査捕鯨船団=下関市のあるかぽーと、平成11年11月9日クジラ 館浦漁港
1725年捕鯨基地として開港された昭和42年当時の長崎県北松浦郡生月町の館浦漁港クジラ 鯨の墓
海辺を見おろす場所に建てられた2基の墓はクジラのものと思えないほど立派なものクジラの荷揚げ001
南氷洋の冷凍クジラの荷揚げ=昭和35年4月4日、博多港クジラの荷揚げ002
南氷洋で捕獲されたクジラの荷上げ=昭和39年2月29日、福岡市・博多港クジラの荷揚げ003
南氷洋で捕獲されたクジラの荷上げ=昭和39年2月29日、福岡市・博多港クジラの荷揚げ004
南氷洋からクジラが初入荷。博多入港の極光丸船上で行われる入港式クジラの解体
巨大なナガスクジラを解体する人たち=佐賀県小川島クジラの骨のアーチ
中通島・有川町の海童神社にあるクジラの骨のアーチ=昭和63年7月、長崎県・五島列島クジラ見張り小屋
クジラ見張り小屋を調べる県文化財係官たち=佐賀県呼子町小川島クジラ調査母船
調査捕鯨船団の母船「日新丸」=平成8年4月19日、新長崎漁港クマエビの天日干し
クマエビ(クルマエビの一種)の天日干し。鹿児島県出水地方の名産=1977(昭和52)年12月19日クラゲ漁
有明海の赤クラゲ漁最盛期=福岡県柳川市沖ノ端、1979(昭和54)年9月7日クリ
茶色のいがが割れて収穫を待つばかりのクリの実=稲築町西岩崎の嘉穂栗園クリの収穫 飯塚市
いがから飛び出そうとするほどに成長したクリの実クルマエビの稚エビ放流
放流された体長約6センチのクルマエビの稚エビ=2003(平成15)年6月11日クルマエビ出荷 五島
大きさによってクルマエビを選別する従業員=平成26年12月4日午前7時すぎ、長崎県五島市クルマエビ出荷ピーク
出荷のピークを迎え、養殖場で選別されるクルマエビ=2013(平成25)年12月17日クルマエビ出荷始まる 松浦
福島くるまえび養殖場で出荷が始まったクルマエビ=長崎県松浦市福島町クルマエビ漁の漁船
いっせいに操業する車エビ漁の漁船=不知火海クルマエビ養殖施設
唐津湾に完成した浜崎漁協のクルマエビ養殖施設=1991(平成3)年4月22日、佐賀県浜玉町クルマエビ養殖001
姫島のクルマエビ養殖。エビのエサはアサリ貝。ローラーですりつぶしたものを小舟でばらまく=大分県クルマエビ養殖002
豊後姫島の日本一のクルマエビ養殖場は、塩田の跡地に造られた=1988(昭和63)年11月頃グリーンリーフ
グリーンリーフケシの花
違反ケシの摘発をする係員=福岡市能古島、1967(昭和42)年5月ケシ栽培
モルヒネの原料となるケシを栽培する農家の人たち=佐賀県三養基郡基山町、1942(昭和17)年5月頃ケタ流し網 出水
3枚から5枚の帆をいっぱいに張り、風に流されながらケタ流し網を流すコイの抱きとり
筑後川では「コイの抱きとり」と呼ばれるコイ漁=1964(昭和39)年12月頃コイの網漁
産卵のためさかのぼってくるコイを捕る伝統の網漁=昭和63年6月24日、佐賀市金立の巨勢川コイ漁
取れた大鯉に歓声をあげる松浦川のコイ攻め=伊万里、1954(昭和29)年8月頃コイ養殖場
160万尾のコイが群がる黄金ゴイセンター=昭和49年5月15日、宇部市コイ(黄金鯉)
色とりどりのコイの中でも美しいウロコがひときわ目立つ黄金コイ=山口県大島町の黄金コイ養殖場コウイカかご漁
福島町沖の伊万里湾で始まったイカかご漁のかご積み込み。シバの束を取り付けたかごを使って捕まえる伝統漁法コウイカのツゲかご漁
ツゲかご漁=福岡県糸島市の船越漁港コウイカ漁
1本のロープに13~15個のイカカゴを50メートル間隔でぶら下げ、海底に沈めて産卵のイカを誘い込む=玄界灘コノシロ投網漁
長崎県島原市のコノシロ投網漁=1999(平成11)年2月サケの放流
玉島川河口でサケの稚魚1500匹を放流する玉島川漁協の関係者=1998(平成10)年3月17日、佐賀県浜玉町サツマイモ 切り干し甘藷
長崎県五島地方の名産、切干し甘藷の天日干し=1951(昭和26)年12月頃サツマイモのかんころ
輪切りにし釜でゆで上げたサツマイモを棚に並べる、かんころ作り作業=2012(平成24)年11月8日サツマイモの栽培
甘藷(サツマイモ)の栽培=鹿児島、1954(昭和29)年4月29日サツマイモの選別
薩摩焼酎、仕込み前のサツマイモの選別=大口市の工場サトウキビから黒砂糖づくり
馬が回す圧搾機の中にサトウキビを入れる、昔ながらの黒砂糖づくり=2001(平成13)年2月19日サトウキビの花
風に揺れるサトウキビの花。奄美では収穫が最盛期を迎えている=2006(平成18)年2月2日サトウキビの運搬
サトウキビは収穫して人の力で運ぶ=屋久島、1964(昭和39)年2月14日サトウキビ収穫
4本のドリルでサトウキビを起こし刈り取っていく=奄美大島の笠利町、2002(平成14)年1月22日サトウキビ畑
サトウキビ畑が風にそよぐ中、ひっそりとたたずむ零戦の格納庫だった掩体壕(えんたいごう)サトウキビ製糖開始式
大型トラックで製糖工場に搬入されるサトウキビ=2014(平成26)年1月10日サバの水揚げ
長崎・松浦魚市場に水揚げされ、選別機にかけられる大量のサバサバの遠距離輸送
ポンプで水を循環させる水槽で、関サバの遠距離輸送が可能にサバ漁船
氷積込みのサバ漁船=日水戸畑漁港(小倉)、1952(昭和27)年8月26日サルナシの実
鈴なりになったサルナシの実=2012(平成24)年11月24日サワガニ漁
飯江川に仕掛けられたサワガニ用の網。多い日は数百匹の収穫がある=平成12年10月12日、福岡県高田町ザボン 八代
八代ザボンの収穫ザボン 出水
ザボンの収穫=出水市ザボンが鈴なり
枝に鈴なりになったザボン=2010(平成22)年11月19日ザボンの花
甘い香りに誘われてミツバチが飛び交うザボンの花=2013(平成25)年5月17日ザボン漬
1961(昭和36)年9月当時の島原名物・ザボンの皮の天日干しザボン漬け 島原
島原名物・ザボン漬け。ザボンの皮の日干し風景=昭和35年シイタケ 対馬シイタケ
自然の中で栽培される対馬のシイタケ=2001(平成13)年2月9日、長崎県シイタケ 対馬シイタケ収穫
ほだ木から摘み取られるシイタケシイタケのほだ場
シイタケのほだ場=2013(平成25)年3月10日シイタケ干し 椎葉
民家の軒下に干されたシイタケ。脇ではのんびりと散髪の老人も=昭和30年頃、宮崎県シイタケ栽培001
大分県ご視察の天皇陛下は玖珠郡北山田でシイタケ栽培をご視察=1949(昭和24)年6月10日シイタケ栽培002
国東半島が誇るクヌギ林。この原木の豊富さでシイタケ栽培が急激に増えた=大分県シイラづけ漁業
シイラづけ漁業シイラの水揚げ
舘浦漁港に水揚げされたシイラ=長崎県平戸市生月町、2010(平成22)年10月頃シイラ漬け漁業
独特の漁法のシイラ漬け漁業=1965(昭和40)年8月31日シバエビ漁
漁業者が有明海で捕ったシバエビ。かつてはスズキなどを保管したいけすにひしめいていた=平成26年1月頃シャコ釣り
シャコ(シャク)釣り=1980(昭和55)年6月4日シラスウナギ漁解禁
寄せては返す波に網を入れ、シラスウナギを探す採捕者=鹿児島県大崎町の菱田川河口シラス漁 肝属川
肝属郡鹿児島県肝属川でのシラス漁シロウオのやなかけ
玉島川にシロウオを捕らえる仕掛けを設置する住民たちシロウオ供養
室見川のシロウオ供養=昭和39年4月27日、福岡市シロウオ供養碑
白魚供養碑の除幕式=昭和35年3月11日、福岡市・室見シロウオ初漁
室見川でシロウオ漁が始まり、仕掛けた籠を確認する漁師たち=平成26年2月23日午前、福岡市シロウオ漁
佐々川で始まった春の訪れを告げるシロウオ漁シロウオ漁 四つ手網
「四つ手網」を使った佐々川のシロウオ漁=2006(平成18)年2月18日シロウオ漁 天草
四つ手網でシロウオをすくい取る漁師=2011(平成23)年2月23日シロウオ漁始まる
シロウオ漁が始まり、仕掛けの「やな」に取り付けたかごからシロウオを取り出す人たち=福岡市の室見川スイカ「宙づりスイカ」鈴なり
鈴なりに実った「天空スイカ」=福岡県福智町市場スイカ出荷始まる
選果場にずらりと並んだスイカ=2013(平成25)年2月27日午前8時40分頃、熊本市北区植木町スイゼンジノリに“新種”
緑色のスイゼンジノリ(手前)。奥が通常の黒っぽいスイゼンジノリ=2014(平成26)年1月頃スイゼンジノリ001
世界で黄金川だけに自生するとされるスイゼンジノリ=福岡県朝倉市、2009(平成21)年2月6日スイゼンジノリ002
絶滅危惧種のスイゼンジノリ(手前)が自生する黄金川=2009(平成21)年4月21日スモモ
すももの収穫=鹿児島県名瀬、1960(昭和35)年5月30日スモモの天日干し 奄美
炎天下、赤みを増すスモモを1個ずつ裏返して天日干しする女性たち=鹿児島県大和村、平成26年8月13日タイラギの柱取り
タイラギ貝の柱とり作業=佐賀県・有明海沿岸、1961(昭和36)年11月6日タイラギ不漁
水揚げしたタイラギ。数も少なく、貝柱も小さい=2012(平成24)年3月2日タイラギ漁 3季ぶり水揚げ
3季ぶりに水揚げされたタイラギだが、量は予想より少なかった=佐賀県太良町タイラギ漁の漁船群
タイラギ漁に出漁する漁船群=藤津郡太良町大浦タイラギ漁の解禁
水揚げされたタイラギ。漁業者が船上で貝柱を取り出す=佐賀県太良町沖の有明海タイラギ漁最盛期
タイラギ漁の最盛期とあって有明海には漁船があふれる=昭和40年10月20日タイラギ養殖好調
手前が小長井沖で養殖されたタイラギ、奥が佐賀県産の天然タイラギ=長崎県小長井町、平成20年12月22日タイ網漁
天草のタイ網漁=1954(昭和29)年5月、熊本県タイ網漁 天草
天草のタイ網漁=昭和29年5月、熊本県タイ網漁 平戸
平戸のタイ網漁=昭和26年8月、長崎県平戸市タイ網漁と昭和天皇 天草
熊本県天草、赤崎沖でタイ網を御覧になる昭和天皇=1949(昭和24)年5月頃タカナ 雲仙こぶ高菜
雲仙市吾妻町の畑で収穫された「雲仙こぶ高菜」。茎に突起がみえる=2006(平成18)年2月27日タカナ 高菜漬けの仕込み最盛期
つけ込み用のタンクに次々と敷き詰められる高菜=2010(平成22)年4月6日タカナの収穫・三池
三池高菜の収穫作業=1994(平成6)年3月30日、大牟田市タカナの収穫・阿蘇001
阿蘇タカナの取り入れ=熊本県阿蘇郡阿蘇町成川、撮影日不明タカナの収穫・阿蘇002
寒風の中、高菜の収穫=熊本県阿蘇タカナの摘み取り
早春の陽光の中、高菜の摘み取りが進む=阿蘇市跡ケ瀬、石本範正さんの畑タカナ折り001
早くも始まった阿蘇特産・高菜の「タカナ折り」=阿蘇町跡ケ瀬、2004(平成16)年3月8日タカナ折り002
阿蘇地方は高菜収穫の季節を迎え、「たかな折り」の作業が進む=阿蘇市タケノコ 合馬
小倉南区合馬では、タケノコの収穫がまもなく最盛期を迎える。タケノコの根を傷つけずに次々と掘っていくタケノコ掘り
たけのこ掘り=鹿児島市大迫タコつぼオーナー
天草市有明町の沖で、漁船に乗ってタコつぼの引き上げを見学するオーナーたち(中央奥)=平成23年8月21日タコツボ
港内いっぱいに並べられたタコのはえ縄=国東、1959(昭和34)年6月頃タバコの収穫 五島
自走式の作業機械を使って行われている葉タバコの収穫作業=平成6年6月8日、長崎県福江市タバコ畑
五島市のタバコ畑。高齢化や跡継ぎ不足などで、生産者は苦しんでいる=2010(平成22)年6月8日タマネギ 早生の収穫
収穫される早生タマネギ=昭和51年5月1日、鹿島市北鹿島タマネギの共同育苗園
佐賀県白石町福富の北区で1962年に設置されたタマネギの共同育苗園タマネギ(福岡)
順調に育つタネタマネギ=宗像ダイコンの天日干し
南九州市頴娃町の茶畑の中に立つ巨大なやぐら。たくさんのダイコンが寒風にさらされている=平成22年12月1日ダイコンの寒漬け干し
始まった水俣の寒漬け干しダイコン干し001
山川漬用のダイコン干し=鹿児島県揖宿郡山川町、1965(昭和40)年2月1日ダイコン干し002
阿知須町の丘陵地帯で始まったダイコン干し=昭和60年11月30日、山口県ダイコン干し003
桜の木に天日干しされたダイコン=2015(平成27)年1月8日ダイコン洗い001
師走の冷たい風にさらされながら大根洗い=福岡市・小田部の室見川ダイコン洗い002
室見川の大根洗い=1975(昭和50)年6月11日、福岡市西区小田部ダイコン畑
住宅地の中にあるダイコン畑。都市型農業の強みは消費地に近いことだ=福岡市早良区、平成15年2月27日ツガニ捕り
カニかごに入ったツガニ=2013(平成25)年10月頃ツガニ漁
朝もやの矢部川で舟をこぎ出して網揚げをする=船小屋温泉郷、1984(昭和59)年9月頃デコポン
熊本県が生産量日本一を誇るデコポン=2013(平成25)年9月5日デコポン・ネコ顔
ネコ顔デコポン=2015(平成27)年2月27日デコポン収穫祭
ハウスの中でたわわに実ったデコポン=2013(平成25)年11月18日トウモロコシの乾燥
秋に収穫したトウモロコシを軒先で乾燥させる農家の人たち=1967(昭和42)年2月1日、熊本県波野村トウモロコシの収穫
青空の下でトウモロコシ収穫=阿蘇郡波野村、1971(昭和46)年8月7日トウモロコシ(熊本)
秋から冬へ農家の壁を埋めるトウモロコシ=阿蘇トビウオの追い込み網 与論島001
海に投げ込まれるオドシ網=鹿児島県大島郡与論町トビウオの追い込み網 与論島002
与論島伝統の追い込み漁=昭和45年7月、鹿児島県大島郡トビウオの追い込み網 与論島003
魚を追い込むと、アミの四隅を持って親舟に水揚げされる=鹿児島県大島郡与論町トマト 光樹とまとフェスタ
収穫が進む「光樹とまと」。味のバランスの良さで市場の評価が高い=2015(平成27)年4月1日トマト 水切りトマト収穫
身がぎっしり詰まった「水切りトマト」トマト 高島フルーティトマト
長崎市高島の直売所に並ぶ採れたての高島フルーティトマト=2012(平成24)年2月7日トラフグ 養殖池で元気に泳ぐ
1キロ近くまで成長し元気に泳ぎ回る養殖のトラフグ=長崎市・戸石漁協トラフグ放流
バケツにトラフグの稚魚を入れて漁船に移す下関地域栽培漁業推進協議会の関係者。白い腹を膨らませているフグの姿もトリ貝
女性たちの手でむき身にされるトリ貝=熊本県・天草、1964(昭和39)年3月27日トリ貝漁
天草灘で=1964(昭和39)年3月28日ナシ 強風で落果
台風18号の強風で実が落ちた甘木市高木地区のナシ=2004(平成16)年9月8日ナシ 黄色防蛾灯
収穫期を迎えたナシを照らす黄色い光=2011(平成23)年8月29日ナシの人工授粉
ナシの人工授粉=甘木市長谷山、1968(昭和43)年4月12日ナマコ漁
長崎県・大村湾のナマコ漁=平成11年2月ノウサバ作り
玄界灘の寒風と天日がノウサバのうまみを引き出す=福岡県宗像市鐘崎、2009(平成21)年12月8日ノウサバ作り始まる
玄界灘沿岸にずらりと天日干しにされているホシザメの開き「ノウサバ」=福岡県宗像市鐘崎ノリ 博多湾の養殖001
福岡市の箱崎でも昭和40年代に博多湾で採れたノリを干す光景が見られたノリ 博多湾の養殖002
ノリの種網張りが始まった博多湾=福岡市東区奈多海岸、1980(昭和55)年12月10日ノリ 大牟田署海上監視所
人工島「初島」にできた大牟田警察署のノリ現場監視所=大牟田市沖の有明海ノリの摘み取り
黒々としたノリを摘み取る漁業者=福岡県沖・有明海ノリの支柱立て
秋に入りノリの支柱立てが林立する佐賀市沖の有明海ノリの種付け 有明海001
色鮮やかな網が並ぶノリの種付け=1998(平成10)年10月6日、佐賀県・川副沖の有明海(本社ヘリから)ノリの種付け 有明海002
色鮮やかな網が並ぶノリの種付け=1998(平成10)年10月6日、佐賀県・川副沖の有明海(本社ヘリから)ノリの種付け 有明海003
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が並ぶ佐賀県川副町沖の有明海=2006(平成18)年10月8日午前11時ノリの種付け 有明海004
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が並ぶ有明海=2008(平成20)年10月15日午前9時20分すぎノリの種付け 有明海005
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が有明海を彩った=2009(平成21)年10月18日午前10時頃、佐賀県沖ノリの種付け 有明海006
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が有明海を彩った=2009(平成21)年10月18日午前10時頃、佐賀県沖ノリの種付け 有明海007
養殖ノリの種付けが始まり、赤や緑の網が並ぶ有明海=2010(平成22)年10月22日午前10時55分ノリの種付け 有明海008
養殖ノリの種付けが始まり、色とりどりの網が浮かぶ有明海=2011(平成23)年10月13日午前11時頃ノリの種付け 有明海009
養殖ノリの種付けが始まり、色とりどりの網が浮かぶ有明海=2011(平成23)年10月13日午前11時頃ノリの種付け 有明海010
佐賀市沖の有明海で、ノリの種付けのために張られた色とりどりの網=2015(平成27)年10月14日ノリの種付け 有明海011
養殖ノリの種付けが始まり、カラフルな網が広がった佐賀市沖の有明海=2016(平成28)年10月17日ノリの種付け 有明海012
養殖ノリの種付けが始まり、カラフルな網が広がる佐賀市沖の有明海=2016年10月17日午後(本社ヘリから)ノリヒビ 有明海に「竹林」
“海の竹林”有明海のノリヒビ=平成3年11月26日、佐賀県鹿島市ノリヒビの設置
始まったのり竹のたて込み作業=昭和31年10月14日、熊本県・有明海ノリヒビ立て001
ノリヒビ立ての奉仕をする在郷軍人会=1940(昭和15)年、福岡市名島ノリヒビ立て002
ノリヒビ立ての奉仕をする在郷軍人会=1940(昭和15)年、福岡市名島ノリ摘み
日が昇るなか、強化プラスチック製の箱舟に乗り、ノリ摘みが始まる=1991(平成3)年1月21日、有明海ノリ摘み 福岡市名島
寒風の中、いよいよ本格的なノリの収穫だ=福岡市名島ノリ漁場
有明海。大牟田地先のノリ漁場。手前は初島=1965(昭和40)年11月頃ノリ漁場 有明海001
有明海のノリ漁場=2001(平成13)年1月28日、佐賀県沖(本社ヘリから)ノリ漁場 有明海002
有明海のノリ漁場=2001(平成13)年1月28日、佐賀県沖(本社ヘリから)ノリ種付け
佐賀市沖の有明海で、ノリの種付けのために張られた色とりどりの網=平成24年10月16日午前(本社ヘリから)ノリ種付け空撮
養殖ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が有明海を彩った=福岡県柳川市沖(本社ヘリから)ノリ種付け解禁001
ノリの種付け解禁でカラフルな網が並ぶ有明海=1990(平成2)年10月4日、福岡県柳川市沖(本社機から)ノリ種付け解禁002
ノリの種付け解禁でカラフルな網が並ぶ有明海=1990(平成2)年10月4日、福岡県柳川市沖(本社機から)ノリ網の張り込み
有明海沖で朝日を受けてノリ網の張り込み作業をする養殖業者ら=平成19年10月25日午前7時前ノリ色落ち長期化
福岡県沖の有明海で、黒く色づかず色落ちしたノリ=2010年(平成22年)頃ハウスミカン選果
選果作業が始まった大分県南地区のハウスミカン。大きさや甘さで仕分けられる=2013(平成25)年4月11日ハマグリの吸い上げ
海底から泥と一緒にハマグリの貝殻を吸い上げる作業。碁石づくりの始まり=日向海岸ハマグリを吸い上げるサンドポンプ船
ハマグリを砂と一緒に吸い上げるサンドポンプ船=昭和56年12月、日向市小倉ケ浜ハマグリ出荷ピーク
ひな祭りを前に、ハマグリの出荷作業が続く鹿児島県南大隅町の養殖会社=2006(平成18)年2月27日ハマグリ漁が解禁
前原市の加布里湾でハマグリ漁をする女性たち。「暖かい天候で漁もしやすい」という=平成17年11月1日ハマグリ碁石
ハマグリ碁石づくり=昭和56年12月、日向市ハマチの大網引き
威勢よくハマチの大網引きをする漁協員たち=昭和49年12月21日、萩市の養殖場ハマチの水揚げ
正月用のハマチの水揚げ=昭和47年12月29日、福岡魚市場ハマチ養殖
この小さな囲いの中に3000尾のハマチ。エサを与えると水しぶきをあげて奪い合う=鹿児島県垂水市ハモのけた網漁解禁
けた網漁で捕ったハモ。漁師は「今年は量が少し少ない」と話す=2013(平成25)年11月8日ハモ漁本格化
漁船から水揚げされるハモ=天草市倉岳町の宮田漁港、2015(平成27)年6月10日バラフ(アイスプラント)最盛期
摘み取り作業が続くバラフの栽培ハウス=唐津市浜玉町、2008(平成20)年6月16日パイナップルちぎり
東シナ海を望む丘いっぱいに広がるパイン畑。島の人たちは、ひそむハブよけの長グツスタイルでパインの収穫パイナップルの収穫
1968年当時の沖縄パイン収穫風景。ハブ予防に手と足は重装備=石垣島、1968(昭和43)年1月1日パイナップル園
奄美大島のパイナップル園=1956(昭和31)年、鹿児島県ヒシの収穫
ハンギーを器用に操りながら、水面いっぱいに成長したヒシの実を収穫する女性たち=平成22年9月26日ヒシの実とり
ハンギリ(ハンギー)に乗ってヒシの実を収穫する人たち=福岡県三潴町生岩ヒラスやヤズ引き上げ 定置網
五島市三井楽沖の定置網でヒラスやヤズを引き上げる漁師たち=2010(平成22)年12月ヒラメの養殖
閉山した高島でスタートしたヒラメ養殖事業=1987(昭和62)年5月25日、長崎県高島町ヒラメ漁最盛期
水揚げされたばかりのヒラメを選別する志々伎漁協の職員=2012(平成24)年3月7日夕、長崎県平戸市志々伎町ヒラメ養殖場
水しぶきをあげ勢いよくはねる「森のひらめ」=大分県上津江村の小学校跡地を利用した養殖場、平成15年8月頃ビゼンクラゲ漁001
漁船に水揚げされたビゼンクラゲ。かさの部分を取り除き、食材として好まれる足をバケツにためるビゼンクラゲ漁002
有明海で漁業規制が検討されているビゼンクラゲ=2015(平成27)年3月頃ビニール栽培ハウス
佐土原町のビニール栽培ハウス=1963(昭和38)年12月15日、宮崎県(本社機から)ビワ 広川町
ハウス栽培のビワ=平成5年3月、福岡県広川町ビワの袋かけ 茂木
1958(昭和33)年当時の長崎・茂木ビワの袋かけ=長崎県西彼杵郡茂木町ビワ収穫 志賀島
志賀島のビワ収穫=撮影日不明、福岡市ビワ娘 駅ホームで販売
長崎駅ホームでビワ娘による茂木ビワ販売=1965(昭和40)年5月頃ビール麦収穫001
ビール麦の収穫作業=1999(平成11)年5月22日、福岡県小郡市(本社ヘリから)ビール麦収穫002
ビール麦の収穫作業=1999(平成11)年5月22日、福岡県小郡市(本社ヘリから)フカ漁001
網で岸に引きあげられたフカ=天草郡富岡、1960(昭和35)年8月27日フカ漁002
天草郡富岡のフカ狩り=1961(昭和36)年8月4日フカ狩り
クレーンでサメを引き上げる漁師たちフグ「ふぐはえ縄漁発祥の地」記念碑
粭島(すくもじま)東端にそびえ立つ「ふぐはえ縄漁発祥の地」記念碑=周南市、2003(平成15)年12月フグの標識
トラフグの稚魚の背に焼き印標識を付ける県漁協山口支店の女性ら=2007(平成19)年6月頃フグはえなわ漁001
フグのはえ縄漁=1959(昭和34)年10月フグはえなわ漁002
東シナ海のフグはえ縄漁=1975(昭和50)年12月フグはえなわ漁003
東シナ海のフグはえ縄漁=1975(昭和50)年12月フグはえ縄漁船出航式
南風泊港から漁に出るはえ縄漁船フグ漁摘発 全国初
対馬フグ延縄水産から押収されたハングル文字の船名板やフグ針など=1988(昭和63)年10月19日ブドウ ボルドーワインの名門シャトーイケム
周辺は一面ブドウ畑、シャトー・イケム=フランスのボルドーブドウ 五島ブドウ収穫
五島コンカナ王国の農園で始まったワイン用品種の収穫ブドウ 安心院のぶどう畑
安心院町の山あいに広がるぶどう畑=昭和42年、大分県宇佐郡(本社機から)ブドウ 鞍手ワイン
初夏に摘み取る未成熟の巨峰ブドウの収穫
ブドウの収穫はじまる=宮崎県都農町、1962(昭和37)年8月1日ブドウ収穫 ナイトハーベスト001
夜の収穫には一般のボランティアも参加して行われた=熊本県山鹿市菊鹿町ブドウ収穫 ナイトハーベスト002
収穫されたブドウはカゴに入れて重さを計測する=熊本県山鹿市菊鹿町ブドウ収穫 フランス・ブルゴーニュ
110年ぶりに8月に収穫が行われているワインブドウの畑。人手不足で高校生もかり出したブドウ収穫 ボルドー
一房一房、手摘みでブドウを収穫していく作業は結構大変ブドウ収穫控え台風警戒
収穫を控えた巨峰への風対策に追われるブドウ農家=平成19年7月14日午前11時、久留米市田主丸町の農園ブリ 正月用
天草漁協後浜荷さばき所で行われた正月用のブリの発送作業=2013(平成25)年12月28日ブリの水揚げ 仙崎
仙崎漁協魚市場に水揚げされたブリ=昭和47年12月26日、山口県長門市ブリ大敷網漁
対馬のブリ大敷網漁=1965(昭和40)年12月24日、長崎県ブリ水揚げ 油津
ブリ大漁=宮崎県油津漁港ブリ漁準備のロープ染め
ブリ漁準備のロープ染め=日南市西町ブリ養殖のいけす
地上で組み立てられる「浮沈式のいけす」。荒波の中でもブリなどの養殖をしやすくした=平成26年1月頃ブリ14万匹死ぬ
赤潮で死んだ養殖ブリなどの死がいをたい肥化するため、米ぬかや専用薬剤を振り掛ける天草漁協関係者マンゴー 収穫時期迎える
収穫の時期を迎え甘い香りを放つマンゴー=宮崎県野尻町、2005(平成17)年5月20日マンゴー「太陽のタマゴ」に高値
初競りで過去最高値の30万円を付けた最高級完熟マンゴー「太陽のタマゴ」(手前左)ミカン 小天村の「みかん園」
小天村の「みかん園」=熊本県玉名郡小天村(天水町)、1960(昭和35)年頃ミカン 河内温泉
ミカン産地で知られる河内温泉。有明海の向こうに雲仙岳が見える=熊本県飽託郡河内町、昭和46年3月11日ミカン 浜崎ミカン
収穫された浜崎ミカン=1961(昭和36)年11月2日、佐賀県浜玉町ミカン 浜玉町
浜玉町のハウスミカン=平成元年7月14日、佐賀県ミカン畑
津久見の特産、みかん畑と市街地=1964(昭和39)年11月頃ムツゴロウ ハートの目玉
恋の季節に瞳もハート?大きく飛び出したムツゴロウの目玉=佐賀県小城市ムツゴロウかけ
ムツゴロウかけ=有明海ムツゴロウ恋の季節
干潟で盛んにジャンプして、雌に求愛するムツゴロウの雄=佐賀県小城市、平成26年5月30日午後3時20分すぎムツゴロウ釣り
潟スキーに乗って有明海のムツゴロウ釣り=昭和30年メガネウオ
赤江港に水揚げされる眼鏡魚=宮崎市メロン 「めろめろメロン」出荷ピーク
野尻町のJAこばやし青果物集送センターで出荷作業がピークを迎えた「めろめろメロン」=平成21年5月29日メロン 実った秋メロン
収穫期を迎えズラリと実った秋メロン=南郷園芸高校、1962(昭和37)年10月27日メロン 松浦市で出荷最盛
出荷作業が最盛期を迎えた松浦産のアールスメロンメロン「アールスメロン」出荷最盛
松浦市星鹿町のビニールハウスで出荷のピークを迎えたアールスメロン=2012(平成24)年7月31日メロン「肥後グリーン」出荷
次々に選果されていく「肥後グリーン」=2012(平成24)年5月28日メロンのれき耕栽培
メロンの礫耕(れきこう)栽培=1975(昭和50)年6月、佐賀市モモ「クリーンピーチ」
クリーンピーチを収穫する生産者=豊後大野市清川町ヨイショ漁
泥底の貝を掘り出す有明海のヨイショ漁。大きな熊手は素人が引いてもびくともしない。リンゴ ニュートンリンゴ
実を付けた石井里山公園のニュートンのリンゴ=平成23年8月17日午前、日田市石井リンゴ 暴風で落果
台風17号の暴風で落果したリンゴ=1991(平成3)年9月14日、福岡県浮羽町リンゴ狩り
阿武町徳佐リンゴ園とリンゴ狩りの観光客=1963(昭和38)年8月22日レタス 富士町で栽培50周年
佐賀市富士町のレタス畑。半世紀前、手探りで栽培を始め、九州を代表する産地に成長した=平成23年10月25日レタスの収穫
北部山間地で始まったレタスの収穫=1976(昭和51)年6月4日、佐賀県レタスの摘み取り
諫早湾干拓地からの出荷第1号となるレタスの摘み取りが始まった松山ファームの農場=長崎県諫早市レタスの清浄栽培
レタスの清浄栽培=福岡市和白町三苫レンコン 正月用の収穫
白石町福富のレンコン畑では正月用の出荷に向けて収穫がピークを迎えている=2006(平成18)年12月21日レンコンの植付け
ビニールハウスでの電熱レンコン植付けレンコン出荷
レンコンの積み出し風景=佐賀県杵島郡白石町、1954(昭和29)年12月30日レンコン畑001
耳納連山の麓に広がるレンコン畑。大きな葉の間からピンクの花がのぞく=2014(平成26)年7月29日レンコン畑002
青々とした葉に覆われた白石町のレンコン畑。収穫の最盛期には葉は枯れているというレンコン踊り
佐賀県の郷土芸能、レンコン踊りを踊る婦人たち=杵島郡福留村、1951(昭和26)年12月17日レンコン(北九州)
正月用のレンコン掘り=北九州市門司区猿喰(サルハミ)地区ワカメ干し
五和町の海岸沿いのワカメ干し=2004(平成16)年2月頃ワカメ干し 若松
春の日差しで乾燥されるワカメ=若松区・岩屋漁港ワカメ干し 鐘崎
ワカメ干し=宗像郡玄海町鐘崎海岸ワカメ漁
五島市で解禁されたワカメ漁=2015(平成27)年3月ワカメ漁解禁 福江001
ワカメ漁解禁=平成9年3月25日、長崎県・福江ワカメ漁解禁 福江002
解禁になったワカメ漁=平成12年3月20日、長崎県福江市ワサビ
津江地区で栽培されている林間ワサビ=2013(平成25)年6月10日ワサビ 林間花ワサビ
出荷のピークを迎えた林間花ワサビ=日田市中津江村栃野、2005(平成17)年4月5日ワサビの群生
群生している原生ワサビ=大分県日田郡五馬村(現天瀬町)ワサビ売り婦人部隊
絣の着物の農家の主婦が九千部山から背中のカゴにワサビを詰めて鳥栖市内に売りに出る=鳥栖市九千部山麓ワサビ栽培 井手浦川
井手浦川のほとりにある浄水場で栽培されるワサビ=平成11年5月18日、北九州市小倉南区ワサビ田
わさび田=平成3年3月、熊本県南小国町ワラスボ(ドウキン)
エイリアンを想起させる有明海特産のワラスボ=2013(平成25)年12月頃ワラスボ(ドウキン)のすだれ
珍魚ドウキンのすだれ=1985(昭和60)年6月12日、諫早市ワラスボ(ドウキン)捕りのスボカキ漁
有明海でワラスボをとる秋のスボカキ漁=佐賀県杵島郡、1963(昭和38)年10月19日一番草刈り取り
阿蘇の草原で始まった牧草一番草刈り取り=2005(平成17)年5月13日七島イ
松原さんの畑で続く「七島イ」の収穫作業七島イの刈り入れ001
七島イの刈り入れと稲植え=杵築、1960(昭和35)年8月1日七島イの刈り入れ002
イ草の刈り取り風景=大分七島、1961(昭和36)年8月16日中央干拓地 諫早湾
試験栽培のタマネギやジャガイモが植えられた諫早湾干拓事業の中央干拓地九十九島カキ
佐世保を代表する新たな「食の観光資源」として期待される九十九島カキ=2006(平成18)年2月頃五島の漁船団001
東シナ海の漁場に向かう漁船団=1965(昭和40)年12月11日、長崎県・五島沖(本社機)五島の漁船団002
東シナ海の漁場に向かう漁船団=1965(昭和40)年12月11日、長崎県・五島沖(本社機)以西底引き網漁船
大漁旗で飾られた以西底引き網漁船「長運丸」=平成10年2月26日、長崎港伊勢エビの引っかけ釣り
大島郡(徳之島)イセエビのひっかけ釣り=1965(昭和40)年12月17日伊勢エビ漁
硫黄島で盛んな伊勢エビ漁=1988(昭和63)年10月、鹿児島県三島村伊勢エビ漁解禁
船上で伊勢エビ(イセエビ)を網から外す漁師=長崎県五島市佐世保産マガキ種苗出荷
九十九島海域での試験養殖のために出荷される種カキ=2011(平成23)年10月28日佐伯湾 真珠イカダ
佐伯湾の真珠イカダ=1963(昭和38)年12月15日、大分県佐伯市(本社機から)佐伯湾 豊魚祭
佐伯湾で行われた漁船パレード=1981(昭和56)年9月29日、大分県佐伯市(本社機から)佐伯魚市場
豊後水道の海の幸が水揚げされる佐伯魚市場。未明から活気にあふれる=2008(平成20)年12月4日佐賀平野 黄金色に染まる001
麦秋を迎え、実った穂が黄金色に染まる佐賀平野=2014(平成26)年5月23日、佐賀市(本社ヘリから)佐賀平野 黄金色に染まる002
黄金色に染まった麦畑が広がる佐賀平野=2014(平成26)年5月23日午前10時すぎ、佐賀市(本社ヘリから)佐賀平野の稲小積み001
佐賀平野の風物詩「稲小積み」=1959(昭和34)年11月、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み002
佐賀平野の風物詩「稲小積み」=1959(昭和34)年11月、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み003
佐賀平野の風物詩「稲小積み」=1963(昭和38)年11月17日、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み004
佐賀平野の風物詩「稲小積み」=1963(昭和38)年11月17日、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み005
佐賀平野の稲小積み=1961(昭和36)年、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み006
佐賀平野の稲小積み=1961(昭和36)年、佐賀県(本社機から)佐賀平野の稲小積み007
佐賀平野の稲小積み=1961(昭和36)年、佐賀県(本社機から)佐賀平野001
稲穂が実り豊作の佐賀平野=1958(昭和33)年9月5日、佐賀県(本社機から)佐賀関漁港001
関ものとして漁業も盛んな大分県佐賀関漁港=1981(昭和56)年7月頃佐賀関漁港002
午後2時からの昼市。水揚げされたばかりのアジが、ピチピチとはねる=平成2年10月15日、大分県佐賀関町佐賀関漁港003
漁船が群がる朝まだき豊予海峡=1990(平成2)年10月15日、大分県佐賀関漁港004
細心の注意で生きたまま漁船から漁協のいけすに移される関アジ=1990(平成2)年10月15日、大分県佐賀関町八代のイグサ001
八代地方のイグサ畑=1998(平成10)年5月22日、熊本県八代市(本社ヘリから)八代のイグサ002
八代地方のイグサ畑=1998(平成10)年5月22日、熊本県八代市(本社ヘリから)八代の干拓地001
八代市の干拓地=1998(平成10)年5月22日、熊本県(本社ヘリから)八代の干拓地002
八代市の干拓地=1998(平成10)年5月22日、熊本県(本社ヘリから)八代干拓001
八代干拓=1964(昭和39)年12月10日、熊本県八代市(本社機から)八代干拓002
八代干拓=1964(昭和39)年12月10日、熊本県八代市(本社機から)共同農作業
長崎県南高来郡吾妻町の昭和40年当時の共同農作業風景加布里湾のノリヒビ001
加布里湾のノリヒビ=1970(昭和45)年10月19日、福岡県糸島郡前原町(本社機から)加布里湾のノリヒビ002
加布里湾のノリヒビ=1970(昭和45)年10月19日、福岡県糸島郡前原町(本社機から)北限の海女
「北限の海女」が素潜り漁を実演する小袖海岸=岩手県久慈市南有馬町の干拓
島原半島南有馬町の干拓地=1954(昭和29)年8月6日、長崎県南高来郡(本社機から)唐津湾のノリヒビと高島
唐津湾のノリヒビと高島=1967(昭和42)年11月14日、唐津市(本社機から)地引き網001
総出で地引き網=1955(昭和30)年頃、長崎県・五島の奈良尾町地引き網002
唐津名物の地引き網=1960(昭和35)年8月30日城下かれい祭り
城下かれい祭りのテープカット=1995(平成7)年5月13日、大分県日出町壱岐 勝本港002
一本釣り漁業の根拠地の長崎県壱岐郡勝本町の勝本港=1983(昭和58)年11月頃壱岐 芦辺町の漁港
長崎県壱岐郡芦辺町の漁港=1946(昭和21)年10月頃多良岳パイロット農業団地001
テラス状に広がる多良岳の果樹園=1968(昭和43)年11月14日、佐賀県太良町(本社機から)多良岳パイロット農業団地002
テラス状に広がる多良岳の果樹園=1968(昭和43)年11月14日、佐賀県太良町(本社機から)大敷網
萩市越ケ浜の大敷網天草諸島 ツバキの実の乾燥
ツバキの実の乾燥=1951(昭和26)年10月頃、熊本県天草天草諸島 春ソバ実る
天草市天草町で実をつけている春ソバ。一部で白い花も咲いている=2014(平成26)年5月頃天草諸島 段々畑
天草・高浜村と後方に広がる段々畑=1955(昭和30)年12月、熊本県奄美の素潜り漁001
長いモリで獲物を捕える奄美大島の素潜り漁=昭和32年7月、鹿児島県奄美の素潜り漁002
長いモリで獲物を捕える奄美大島の素潜り漁=昭和32年7月、鹿児島県奄美大島 モダマ豊作
ソラマメを巨大にしたようなモダマ=2009(平成21)年11月頃、鹿児島県奄美市住用町姫島の塩田
東国東郡(姫島村)姫島の塩田=1954(昭和29)年11月2日宮本常一教授
古代捕鯨用具を調査する武蔵野美大・宮本常一教授(左)=昭和48年8月5日、長門市中央公民館寒サバ 対馬沖
松浦魚市場に運ばれる対馬沖の寒サバ。大型の旬サバはこのうち2割程度という=2010(平成22)年12月寒ブリ漁 対馬
ダイナミックな寒ブリ漁=昭和43年1月10日、長崎県・対馬佐須奈港沖対馬で飼いつけ漁
釣り上げたヒラマサやブリをいけすに移す佐須奈漁協組合員=2007(平成19)年10月頃対馬の海女
朝鮮に続く平和の島対馬で、あわびとりに余念のない島の海女さんたち=長崎県厳原町曲地区、昭和25年7月頃小呂島の海女001
小呂島の海女さん=糸島郡北崎村、戦前小呂島の海女002
ワカメをとる小呂島の海女さん小呂島の海女003
小呂島の海女さん=昭和58年7月、福岡市西区小呂島の海女004
波が打ち寄せる岩場で出漁の準備をする海女たち山口 潜り漁の海女
漁場で肌着1枚で海に入る海女たち=山口県大津郡油谷町大浦岩ガキ出荷
苓北町で行われている岩ガキの出荷作業=2014(平成26)年5月21日岩ガキ出荷開始
こってりとしたうま味が特徴のイワガキ川ガニ001
川ガニうけ漁=八代郡氷川、1974(昭和49)年9月24日川ガニ002
カニうけ漁の獲物川ガニ=八代郡北部地区氷川、1979(昭和54)年10月頃川ガニ003
筑後川の川ガニ=1991(平成3)年川副干拓
川副干拓=1978(昭和53)年12月、佐賀県佐賀郡川副町(本社機から)川干し漁001
川を干し魚攻めでにぎわう長野水道=浮羽郡吉井町、1960(昭和35)年10月14日川干し漁002
川を干し魚をとる人たち=浮羽郡吉井町、1988(昭和63)年10月7日帆打瀬網(うたせあみ)漁
風の力で、底引き網を引く熊本県不知火海の帆打瀬網漁=熊本県芦北町、1998(平成10)年6月12日干しダコ
有明海からの潮風になびく干しダコ=2006(平成18)年8月頃建干網漁
「建干(たてほし)網漁」で魚の生け捕りを楽しむ参加者たち=福岡県豊前市の八屋漁港横の浜、平成18年6月10日愛野干拓地001
瑞穂町上空から愛野干拓地を望む=1980(昭和55)年12月22日、長崎県南高来郡(本社機から)愛野干拓地002
瑞穂町上空から愛野干拓地を望む=1980(昭和55)年12月22日、長崎県南高来郡(本社機から)打瀬網漁001
八代海に大きな帆を張って漁をする打瀬船の船団=昭和29年1月9日、八代市沖(本社機から)打瀬網漁002
八代海に大きな帆を張って漁をする打瀬船の船団=1954(昭和29)年1月9日、八代市沖(本社機から)打瀬網漁003
八代海のケタウタセ漁=昭和51年12月6日、出水市沖打瀬網(うたせあみ)漁
八代海のケタウタセ漁=1976(昭和51)年12月6日、出水市沖投網で魚取り 遠賀川
遠賀川で投網で魚を取る親子づれ=中間市の筑豊線鉄橋付近投網の花
前川河口に繰り広げられる豪快な舟出浮の投網の花=熊本県八代市投網打ち
昭和30年代の筑後川でののどかな投網み打ち=久留米、昭和32年3月投網漁
一斉に花開く八代湾の投網み漁=昭和37年3月5日抗議デモをするノリ漁業者
諫早湾干拓がノリの色落ち被害の原因として潮受け堤防の排水門前で抗議デモをする佐賀県のノリ漁業者の船団放流待つサケの稚魚
順調に成長し、放流を待つばかりとなったサケの稚魚の群れ=平成24年2月4日午後3時5分、福岡県嘉麻市日向カボチャとキュウリを積む貨物列車
ギッシリと貨車に積み込み。日向カボチャ(南瓜)、キュウリ(胡瓜)=宮崎神宮駅、昭和35年1月19日日向カボチャ001
日向カボチャの収穫はじまる=宮崎日向カボチャ002
宮崎市(日向カボチャ)=1964(昭和39)年3月16日春日集落の棚田
海岸から棚田が連なる春日集落。キリスト教が伝わった16世紀の面影を残している=2013年12月15日晩白柚(ばんぺいゆ)001
ハウスで寝かされ、色づく晩白柚=2012(平成24)年11月13日晩白柚(ばんぺいゆ)002
八代農業高園芸科の生徒たちが栽培した巨大な晩白柚(右)。左は通常の大きさ=2015(平成27)年1月8日有明干拓
有明干拓=1967(昭和42)年11月14日、佐賀県杵島郡(本社機から)有明海のノリヒビ001
柳川沖の有明海のノリヒビ=1978(昭和53)年12月、福岡県(本社機から)有明海のノリヒビ002
有明海のノリ網=1965(昭和40)年1月30日、大牟田市沖(本社機から)有明海のノリ漁場002
有明海のノリ漁場=1997(平成9)年2月12日、佐賀県沖(本社ヘリから)有明海のノリ漁場003
有明海のノリ漁場=1997(平成9)年2月12日、佐賀県沖(本社ヘリから)有明海のノリ種付け001
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が浮かぶ有明海=2002(平成14)年10月6日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け002
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が浮かぶ有明海=2003(平成15)年10月5日午前、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け003
ノリの種付けが始まり色鮮やかな網が広がる有明海=2003(平成15)年10月5日午前、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け004
養殖ノリの種付けが解禁になり、カラフルな網が並ぶ有明海=2004(平成16)年10月11日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け005
養殖ノリの種付けが解禁になり、カラフルな網が並ぶ有明海=2004(平成16)年10月11日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け006
ノリの種付けが解禁され、色鮮やかな網が並ぶ有明海=2005(平成17)年10月6日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け007
ノリの種付けが解禁し、色鮮やかな網が並ぶ有明海=2005(平成17)年10月6日午前10時半、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け008
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が並ぶ福岡県柳川市沖の有明海=2006(平成18)年10月8日有明海のノリ種付け009
ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が並ぶ福岡県柳川市沖の有明海=2006(平成18)年10月8日有明海のノリ種付け010
ノリの種付けのため有明海に張られた色とりどりの網=2012(平成24)年10月16日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け011
養殖ノリの種付けが始まり、色鮮やかな網が有明海を彩った=2013(平成25)年10月19日、福岡県柳川市沖有明海のノリ種付け012
福岡県柳川市沖の有明海でノリの種付けのために張られた色とりどりの網=2015(平成27)年10月14日有明海のノリ網001
有明海のノリ網=1966(昭和41)年12月1日、大牟田市(本社機から)有明海のノリ網002
有明海のノリ網=1966(昭和41)年12月1日、大牟田市(本社機から)有明海のノリ網003
有明海のノリ網=1966(昭和41)年12月1日、大牟田市(本社機から)有明海のノリ網004
有明海のノリ網=1966(昭和41)年12月1日、大牟田市(本社機から)有明海のノリ網005
色鮮やかなノリの網が広がる福岡県柳川市沖の有明海=2001(平成13)年10月4日午前9時半、本社ヘリから有明海のノリ網006
有明海のノリ網=2001(平成13)年12月20日、柳川市沖(本社ヘリから)有明海のノリ網007
有明海のノリ網=2001(平成13)年12月20日、柳川市沖(本社ヘリから)有明海のノリ網008
有明海のノリ網=2001(平成13)年12月20日、柳川市沖(本社ヘリから)有明海の大掃除001
ノリの養殖シーズンを前に有明海の大掃除に繰り出した漁船群=1999年9月27日、佐賀空港沖(本社ヘリから)有明海の大掃除002
ノリの養殖シーズンを前に有明海の大掃除に繰り出した漁船群=1999年9月27日、佐賀空港沖(本社ヘリから)有明海の産物
アゲマキ、イソギンチャク、メカジャコとミドリシャミセン貝、シャコなど珍しい魚介を売る柳川の魚屋さん杵築のミカン畑
丘陵地帯に広がるみかん畑=1967(昭和42)年10月、大分県杵築市(本社機から)桜島ダイコン001
桜島デコンと呼ばれる桜島大根の収穫始まる=1966(昭和41)年2月桜島ダイコン002
収穫される桜島大根=昭和45年1月18日、鹿児島県桜島桜島大根
降灰で小さいサクラジマダイコン=鹿児島市青果市場で、1973(昭和48)年植木町のビニールハウス001
植木のビニールハウス=1979(昭和54)年4月30日、熊本県鹿本郡植木町(本社機から)植木町のビニールハウス002
植木のビニールハウス=1979(昭和54)年4月30日、熊本県鹿本郡植木町(本社機から)横島干拓
横島干拓=1956(昭和31)年1月9日、熊本県玉名郡横島町(本社機から)水車 かんがい用水車
水田の水車は佐賀平野の風物詩=1964(昭和39)年6月15日水車 かんがい用足踏み水車
水車で水を田に引く農民=有明村戸ヶ里、昭和36年6月21日水車 三連水車
梅雨空の下、水田のそばで勢いよく回り始めた三連水車=2011(平成23)年6月17日午前、福岡県朝倉市水車 朝倉の二連水車
堀川の水を水田に揚水する朝倉のニ連水車=福岡県朝倉郡、1961(昭和36)年6月24日水車 町切水車取り付け
江戸時代から水車が稼働している唐津市相知町町切地区で、今年も取り付けられた水車が田んぼに水をくみ上げ始めた海茸干し(ウミタケ干し)
有明海特産のウミタケ干し=大川市大野島潟スキーの漁師
潟スキーを引いてメカジャやイソギンチャクなど、有明海の珍味を探す漁師=1993(平成5)年12月、福岡県火振り漁復活
津江川で復活した伝統漁法「火振り漁」牛深大島の海女
牛深大島の海女さん玄界島の潜り漁
玄界島周辺の磯でウニやサザエなどを採る漁師や女性たち甑島(下甑村)の段々畑001
下甑村瀬々野浦の段々畑=鹿児島県甑島(下甑村)の段々畑002
甑島で段々畑を耕す人=薩摩郡下甑村瀬々野浦甘夏ミカン
陽光と潮風を浴びて、みずみずしく育った唐津市・加部島の甘夏ミカン白石平野
青々としたタマネギ畑や水田が広がる白石平野。6月から嘉瀬川ダムの水が供給される=平成24年4月18日真珠、ハマチの養殖いかだ
静かな入江に真珠・ハマチ養殖いかだが浮かぶ長崎県南松浦郡若松町の養殖場=1982(昭和57)年6月頃真珠の挿核作業
相島の「ミキモト博多真珠養殖」で行われている真珠の挿核作業=2008(平成20)年5月29日真珠の核入れ
アコヤ貝に真珠の核入れが行われる仮屋湾の養殖場=1987(昭和62)年5月5日、佐賀県玄海町真珠の浜揚げ
いかだの上に設けられた小屋で始まったアコヤ貝から真珠を取り出す作業=2007(平成19)年12月11日真珠の養殖001
核玉を養殖された真珠貝は金網かごに入れられ海上に浮かされたいかだの下数カ所につられて養殖される真珠の養殖002
高島真珠の養殖場=1967(昭和42)年3月29日、平戸市沖真珠の養殖003
五島の養殖真珠=1988(昭和63)年7月、長崎県真珠養殖のいかだ
真珠養殖のイカダ=対馬船越、1961(昭和36)年1月頃真珠養殖場 川内
鹿児島県川内市の浦内湾 昭和35年頃の真珠養殖場風景真珠養殖場 昭和天皇が視察
真珠貝のプランクトンを顕微鏡でご覧になる昭和天皇=長崎県・高島真珠養殖作業場、1949(昭和24)年5月頃真珠養殖場 牛深
真珠養殖場=熊本県牛深市二浦町真珠養殖場 高島町
高島真珠養殖場で、熱心に真珠の出来上がる過程を興味深く見学される天皇陛下=長崎県・高島町真珠養殖場001
佐世保湾の真珠養殖いかだ=1954(昭和29)年8月6日、佐世保市(本社機から)真珠養殖場002
佐世保湾の真珠養殖いかだ=1954(昭和29)年8月6日、佐世保市(本社機から)石干見の石垣復元
宇佐市長洲海岸に復元された石干見の石垣=2006(平成18)年9月9日石干見漁
干潮で干潟が出た有明海の「省エネ漁法」石干見の石垣内=1980(昭和55)年5月13日石起こし漁
石を起こし下に潜っている川ハゼを捕るユニークな「石起こし漁」=宮崎県北郷町の広渡川、昭和60年12月23日福江の素潜り漁
福江の素潜り漁=平成10年7月31日、長崎県稚アユ 飼育水槽で成長
アユ等中間育成施設の飼育水槽で成長している稚アユ=福岡県八女市稚アユの放流
勢い良く放流される稚アユ稚アユ採捕場
稚鮎特別採捕場=筑後川(久留米大橋下)種子島 トコブシ取り
種子島のトコブシ取りの青年たち=1957(昭和32)年7月頃竹崎かに
有明海で採れた竹崎かに=2009(平成21)年7月3日竹崎かに漁
最盛期を迎えた竹崎かに漁。仕掛けた網に次々と小型カニが捕れる=1994(平成6)年8月頃筑後川と麦畑
筑後川と麦畑=1998(平成10)年5月22日、福岡県久留米市(本社ヘリから)筑後川昇開橋002
国鉄佐賀線の筑後川昇開橋とエツ漁の船=福岡県大川市筑後川河口のノリ網001
筑後川河口のノリ網=1964(昭和39)年12月、佐賀県川副町(本社機から)筑後川河口のノリ網002
筑後川河口のノリ網=1964(昭和39)年12月、佐賀県川副町(本社機から)舟出浮き
八代海で始まった「舟出浮き」。引き揚げたつぼ網にはコノシロやハモなどがいっぱい=2005(平成17)年4月頃芋畑 都城市001
都城市近郊のイモ畑=1967(昭和42)年12月(本社機から)芋畑 都城市002
都城市近郊のイモ畑=1967(昭和42)年12月(本社機から)花カンラン(カリフラワー)
冷え込みも増し、正月用の花カンランの取り入れに忙しい農家の人たち=福岡市西区田隈、昭和47年12月21日茶 一番茶の初収穫
八女茶の初収穫で、色鮮やかに成長した新芽を摘み取る農家=2013(平成25)年4月13日茶 一番茶摘み001
鮮やかな緑色の一番茶を摘み取る嬉野市嬉野町の生産ら=2006(平成18)年3月28日茶 一番茶摘み002
新芽を摘み取っていく茶農家=2012(平成24)年4月18日茶 嬉野の大茶樹
天然記念物、嬉野の大茶樹=佐賀県嬉野町不動山、1940(昭和15)年頃茶 嬉野茶の釜煎り
嬉野茶独得の釜いり作業=佐賀県嬉野町、1934(昭和9)年5月茶 新茶のじゅうたん
茶摘みを控え、若草色のじゅうたんが一面に広がる八女市本の八女中央大茶園=2008(平成20)年4月3日茶 知覧茶
知覧茶の畑=1984(昭和59)年2月、鹿児島県知覧町茶摘み娘
嬉野の茶摘娘たち=佐賀県嬉野町茶摘み001
嬉野茶の茶摘み=1951(昭和26)年9月26日、佐賀県嬉野町茶摘み002
八女の茶摘み=1959(昭和34)年5月2日、福岡県茶摘み003
八女の茶摘み=昭和50年5月1日、福岡県茶畑
覆いが掛けられた茶畑で、手摘みで収穫される玉露。高齢化が進み、人手の維持が課題に茶畑から見る嬉野温泉
茶畑から見る嬉野温泉街=佐賀県嬉野町、1960(昭和35)年11月21日諫早干拓 堤防閉め切り001
諫早湾干拓の潮受け堤防閉め切り作業=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り002
諫早湾干拓の潮受け堤防閉め切り作業=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り003
諫早湾干拓の潮受け堤防閉め切り作業=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り004
諫早湾干拓の潮受け堤防閉め切り作業=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り005
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り006
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り007
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り008
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り009
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り010
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り011
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り012
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り013
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り014
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り015
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り016
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り017
閉め切り作業を待つ諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 堤防閉め切り018
鉄骨フレームが順々に落とされ、閉め切られる諫早湾=1997年4月14日午前11時30分(本社ヘリから)諫早干拓 工事中断001
仮処分で工事が中断している諫早湾干拓事業。中央の潮受け堤防の左側が諫早湾、右側が調整池諫早干拓 工事中断002
仮処分で工事が中断している諫早湾干拓事業=2005(平成17)年4月8日(本社ヘリから)諫早干拓 排水門001
佐賀地裁判決で開門命令が出された国営諫早湾干拓の潮受け堤防排水門(右手前)。奥が調整池諫早干拓 排水門002
佐賀地裁判決で開門命令が出された国営諫早湾干拓の潮受け堤防排水門(手前)。奥が調整池諫早干拓 排水門003
開門を命令した佐賀地裁の判決を不服とし、国が控訴した国営諫早湾干拓の潮受け堤防排水門諫早干拓 排水門004
国営諫早湾干拓の潮受け堤防排水門。右が調整池=2012(平成24)年3月26日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに001
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに002
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに003
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに004
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに005
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに006
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに007
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに008
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに009
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに010
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに011
潮受け堤防内の水位がマイナス1メートルになり干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリから)諫早干拓 水位がマイナスに012
閉め切り堤防内の水位がマイナス1メートルになり、干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリ)諫早干拓 水位がマイナスに013
閉め切り堤防内の水位がマイナス1メートルになり、干上がった潟が広がる諫早湾=1997年5月6日(本社ヘリ)諫早干拓 海上デモ001
諫早湾に1300隻の漁船が集結。ノリ漁業者が「排水門を開けろ」とこぶしを突き上げた諫早干拓 海上デモ002
諫早湾の干拓工事に抗議し、海上デモをする4県有明海漁連の漁船団=2001年1月28日(本社ヘリから)諫早干拓 海上デモ003
諫早湾の開門調査実施を求め海上デモをする漁船団=2004年4月30日午前9時50分(本社ヘリから)諫早干拓 海上デモ004
諫早湾の開門調査実施を求め海上デモをする漁船団=2004年4月30日午前9時30分(本社ヘリから)諫早干拓 海上デモ005
潮受け堤防の排水門前で海上抗議デモを行う佐賀県のノリ漁業者の船団=2010年1月7日(本社ヘリから)諫早干拓 潮受け堤防001
諫早干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年10月10日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 潮受け堤防002
諫早干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年10月10日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 潮受け堤防003
諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年12月3日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 潮受け堤防004
諫早湾干拓の潮受け堤防=1997(平成9)年12月3日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 調整池
諫早干拓(手前)と調整池=1997(平成9)年10月10日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 造成進む001
造成が進む諫早干拓=2001(平成13)年3月15日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 造成進む002
造成が進む諫早干拓=2001(平成13)年3月15日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 造成進む003
造成が進む諫早干拓=2001(平成13)年3月15日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓 造成進む004
造成が進む諫早干拓=2001(平成13)年3月15日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団001
諫早湾干拓に抗議する漁船団=2000(平成12)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団002
諫早湾干拓に抗議する漁船団=2000(平成12)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団003
諫早湾干拓に抗議する漁船団=2000(平成12)年4月14日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団004
諫早干拓の中央干拓地=2000(平成12)年12月9日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団005
諫早干拓の中央干拓地=2000(平成12)年12月9日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団006
諫早干拓の中央干拓地=2000(平成12)年12月9日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団007
諫早干拓の中央干拓地=2000(平成12)年12月9日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団008
諫早干拓の中央干拓地=2000(平成12)年12月9日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓に抗議する漁船団009
諫早湾の潮受け堤防排水門前で、海上デモを行う漁船団=2001年1月13日午前10時すぎ(本社ヘリから)諫早干拓予定海面001
諫早干拓予定海面(左)=1968(昭和43)年10月10日、諫早市(本社機から)諫早干拓予定海面002
諫早干拓予定海面(左)=1968(昭和43)年10月10日、諫早市(本社機から)諫早干拓001
1965(昭和40)年1月当時の空から見た諫早干拓諫早干拓002
諫早干拓と本明川(中央)=1968(昭和43)年11月、諫早市(本社機から)諫早干拓003
諫早湾の干拓地=1997(平成9)年12月3日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓004
諫早湾の干拓地=1997(平成9)年12月3日、諫早市(本社ヘリから)諫早干拓005
諫早湾の干拓地=1997(平成9)年12月3日、諫早市(本社ヘリから)赤貝漁の漁船
博多湾を埋め尽くす赤貝漁の漁船=1965(昭和40)年2月26日、福岡市(本社機から)越智通重
九州理農研究所所長・越智通重氏=福岡県田主丸町で、昭和39年9月頃農耕馬
1952(昭和27)年頃、行われていた農耕馬競技大会=山口市農耕馬で田を耕す
農耕馬を使って田を耕す農民=佐賀、1951(昭和26)年11月追い込み漁001
与論島伝統の追い込み漁=1970(昭和45)年7月、鹿児島県大島郡追い込み漁002
素もぐりで、魚をアミに追い込む漁民(水深4メートル)=鹿児島県大島郡与論町で、1970(昭和45)年8月3日鐘崎の潜り漁
鐘崎のもぐり漁=平成10年8月2日、福岡県宗像郡玄海町長ナス
やわらかくあくが少ないことが特徴の瀬高町の長ナス=2000(平成12)年10月20日、福岡県山門郡長洲干拓地
熊本県長洲町の長洲干拓地=1963(昭和38)年10月30日(本社機から)開拓(昭和30年頃)
昭和30年頃の開拓団風景。ジャガイモ、トウモロコシが主産物だ=大分県麻生釣高原で関サバ関アジ001
味と歯ごたえの良さから、全国的ブランドとなっている「関アジ・関サバ」=大分市内のアパートで関サバ関アジ002
大分市佐賀関名物の関サバ、関アジ。どんなアイデア料理が集まるか=2006(平成18)年7月頃防蛾灯で光るトマトハウス
八代平野のトマトハウスで夜間に黄色く光る「防蛾灯」=2011(平成23)年9月4日電照菊取り入れ
取り入れが始まった電照菊=八女市忠見区、1966(昭和41)年12月16日電照菊001
電照菊=八女市忠見地区電照菊002
電照菊=八女市、1982(昭和57)年9月10日高島真珠の養殖いかだ
昭和38年当時の佐世保・高島真珠の養殖いかだ=1963(昭和38)年9月頃麦 アサカゼコムギ
新奨励品種のアサカゼコムギ(右の茎の短いサンプル)=長崎麦 ラーメン用小麦
福岡県農業総合試験場で初収穫される新品種のラーメン用小麦=2008(平成20)年6月6日麦 ラー麦
福岡県農業総合試験場の古庄正彦さん=2009(平成21)年10月22日麦 大麦収穫
二条大麦の収穫が進む八幡西区楠橋地区麦 大麦収穫本格化
白石平野に広がる黄金色の麦畑。大麦と小麦に加え、超早場米「七夕コシヒカリ」が自然のパッチワークを作っている麦の収穫
梅雨前に麦を収穫、農家の庭先で麦打ちが=福岡県早良郡田隈村、1946(昭和21)年6月頃麦の取り入れ
牛もいっしょに。広い畑で麦の収穫作業がはかどる=福岡県那珂川町麦の脱穀
麦の脱穀=大分市外、1960(昭和35)年5月24日麦刈り
子供たちは唐傘の日よけの下。刈り取り作業が進む=早良郡脇山村(現・福岡市早良区)麦干し
雨が上がって麦干に忙しい農家=伊万里、1953(昭和28)年6月8日麦畑
黄金色に染まり、収穫を控えた麦畑麦畑の収穫001
刈り取りが始まった麦畑=1996(平成8)年6月5日、福岡県朝倉郡三輪町(本社ヘリから)麦畑の収穫002
刈り取りが始まった麦畑=1996(平成8)年6月5日、福岡県朝倉郡三輪町(本社ヘリから)麦畑の収穫003
刈り取りが始まった麦畑=1996(平成8)年6月5日、福岡県朝倉郡三輪町(本社ヘリから)麦踏み
麦ふみに精出す婦人=久留米市、1967(昭和42)年2月6日麻の収穫
山江村で麻の収穫=熊本県球磨郡山江村、1962(昭和37)年7月4日