会社案内

研修制度

国内外の戦跡めぐり

編集センター 渋田祐一

 社会人になってすぐの頃、映画「シンドラーのリスト」を見た。アウシュビッツ収容所でユダヤ人が虐殺されていくシーンが鮮明に記憶に残っている。以来、一度アウシュビッツをこの目で見たいと思っていた。研修のテーマを「国内外の戦跡巡り」と決め、ポーランドに向かった。
 鉄条網に囲まれた敷地に入ると、レンガ色の収容棟は青々としたポプラの並木に囲まれていた。公園を思わせるその風景は、ここがかつて100万人以上の命を奪った「ユダヤ人絶滅センター」だったとは思えなかった。
 収容棟はそのまま展示室に利用されていた。じゅうたんや布地にするため切られた女性の髪が部屋いっぱいに積まれていた。全部で2トン近くあり、ほとんどが白く変色していた。くるくるとカールしているものが多い。髪がもだえ苦しんでいるようだ。

 収容者から取り上げたかばん、義足義手、めがねなども展示されていた。収容所内にはガス室、死体焼却炉、人体実験棟、拷問の監房、集団絞首台も並んでいる。どれも効率よく命を奪うための施設ばかりだ。

 収容所の所長だったルドルフ・ヘスは、敷地内で夫人と4人の子どもと暮らしていたそうだ。すぐそばで、自分の子どもと同年代の子どもが大量に殺されていく状況の中で、どのような気持ちで家族に接していたのだろうか。

 ドイツの敗戦後、ヘスは離婚したという。同館の公式ガイド中谷剛さんは「戦犯である自分の苗字をつけていると、家族に苦しい思いをさせてしまうからだった」と話した。身内にはそんないたわりをみせる人間が、なぜ100万人以上の人間を虐殺できたのだろうか。戦争という異常な状況が、人を狂気に走らせてしまうのか。アウシュビッツを見学して、人間は環境によって変わってしまう生き物なのかもしれないと感じた。

(2013年5月23日~6月12日)

ヘルプ・総合案内

採用情報

メディア案内

サービス

購読申込み

西日本新聞ネット書店

求人情報 webサクセス