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「光田健輔と小笠原登~ハンセン病問題の原点を訪ねる~」

玉名支局 荻原昭男

 感染力が極めて弱いのに国が患者を療養所に強制隔離し、元患者や親族も差別されたハンセン病。隔離政策を主導して文化勲章を受章、現在は批判の声がある故光田健輔医師と、隔離に反対して在宅診療を貫いた故小笠原登医師の足跡を訪ねた。

 光田氏が開園した岡山県の国立ハンセン病療養所・長島愛生園では、証言ビデオで多くの入所者が「慈父」「神様」などと同氏を称賛。菩提寺の善正寺(山口県)の住職も「生きていく場所のない患者を救おうとした人」と評価した。

 一方、群馬県の療養所・栗生楽泉園には患者を監禁し、22人が獄死した「重監房」跡があり、入所者の谺雄二さんは「日本のアウシュビッツ、重監房をつくった光田健輔の文化勲章は剝奪すべきだ」と批判した。

 小笠原氏の実家、愛知県の圓周寺では、隔離の時代に在宅患者を診療した部屋を見た。住職は「寺に生まれ、一人一人の人権を大事に思っていた」と同氏が隔離を否定した心境を推し量った。ほかに、光田氏の隔離政策が海外にまでおよんだ例として、韓国南部の小鹿島にある旧植民地時代から続くハンセン病療養所も訪れた。

 今回の研修で、小笠原氏だけでなく、光田氏の原点にも「患者のため」という善意があったことは理解できた。ただ、その善意がなぜ、重監房や長期の隔離政策などの悲劇に至ったのか、答えは簡単には出せそうにない。今回学んだことをヒントに、今後のハンセン病問題の取材の中で答えを探し続けたい。

(2012年8月、10月に分割実施)

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